sprocket caliper
過ぎ去った時間を惜しんだり懐かしんだりすることなく、さっさと次へ向かっていくその思考と精神力に追いつけない、、、と言いながら、大切な気持ちや本当に心に残すべき事柄を平気で忘れていくのは実は私の方である。

せっかく書いてるこのモーターサイクルダイヤリーズに記念の出来事や写真や動画を載せようとすると、「俺の一番嫌いな記念撮影をさせられた」とか「美しい物語のように書くな」とか文句ばっか言ってくる。そんなつもりは無いけれど、だけどもしかしたらKohの言う通りで無意識のうちにそうやってスーサイドカスタムズにロマンチックな色を足しながら自分自身を励ましているのかもしれないなあ、、、じゃないとやってけないわいっ!てとこもあるが。

志し高く本気で真剣に生きる人(Kohのことです、念の為)のそばで毎日を過ごすってなかなか辛いものがある。あなたはあなた、私は私、そのへんがごちゃ混ぜになると苦しい。

こういうことを精神論?心理学?よく分からないけど何かで読んだことがあって、仕事柄もあってかその例えは心に沁みるものがあった。「二輪車にはアクセルとブレーキがある。アクセルは前へ進もうとするのにブレーキはそれを止めようとする、片方は進みたいのに片方は止めたい。そこだけを考えるとそれぞれがそれぞれの邪魔をしているようにしか見えないが、二輪車として考えればアクセルとブレーキというお互いの存在があるからこそ安全に確実に動くことが出来るのだ」というようなことをアドラーって人が書いていた。

こういうことを言ってると、君は本当に閑人だねとKohにまた嫌味を言われると思うけど。

ふたりしてゴー!ゴー!ゴー!だとカーブで曲がりきれなくて谷底に真っ逆さまに落っこちてしまうのかもしれないし、止まってばかりいたら峠や山を越えることもできないし。

というわけで、気が付けばもうすぐ2018年も終わる、ていう、、、でももうこの年齢になると一年の終わりや始まりなんかどうでもよくなってきて、一生、とか、人生の半分、とかそういうふうに考えるようになってきました。
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