マコおじさんは独特。
こんなことばっかり書いてたらホントそのうち叱られると思う(笑) でもここはあえて愛と親しみと尊敬と感謝を込めて。
M&K custom signsさんとの馴れ初めはここでも書きましたが、私の中の一番の想い出は、このSPEED STERのガソリンタンクとリヤフェンダーを真夜中の2時に独りぼっちでM&Kさんへ持って行ったことです。
「Kohさんさえ心配でなければ、いずみさんが今から持ち込んでくれれば描きますよ」と優しく誠氏に言っていただいて、いや~誠さんの気持ちは有り難いけどさ~、でもさすがのKohでもこんな時間に私ひとりでは行かせないでしょ~~、と私が思うより先に、「よし、今すぐ行ってくれ!」 と何のためらいもなく言われ数分後に出発。
目の悪い私は夜なんて本当に見えない。しかも車はバカみたいにでかいダッヂのトラックしかなくて土地勘も全くなく、しかもこんな大切なものを運ばなくちゃいけない責任にちびりそうになりながら、いやもう半分ちびりながら持ち込んだんですけど、まずね、いつもギリギリなんですよ。飛行機に載せる直前までドッタンバッタン。
前回(2016年)のAMDで優勝という成績を収め、よっしゃー二連覇狙ってくぞー!と意気込んでドイツへ乗り込んでいった結果、まさかの玉砕。がびびびびーーーん、と落ち込んだけれど負けたまま引っ込むKohではない。、このままSPEED STERを日本に戻すわけにはいかねーぞ、とKohが生まれて初めて私を連れてSPEED STERと一緒にヨーロッパを周ることにした。その後、我々の予想と期待を遥かに超える快進撃をSPEED STERが見せつけてくれた。余談ですが、このときにね、「SPEED STERは本当に見る目のある者たちに見てもらえる機会を与えられて正しく評価され認められた」 と言ってもらえたんです。嬉しかったー
空港の本屋さんでSPEED STERが並んでいるのを見つけたときには夢でも見ているような気持ちになりました。そして、あの夜、誠氏がKohの無茶なお願いを快く引き受けてくださったから、スーサイドカスタムーズが諦めずに完成させてくれたから、Kohが不屈の精神で人生とアルミを削って挑戦をやめなかったから、私が中央分離帯にぶつかりそうになりながらM&Kさんに持って行ったから、日本からこんなに遠く離れたフランクフルトの空港の本屋さんにSPEED STERが並んだんだ、そう思うと胸がいっぱいになったのでした。そしてその二ヵ月後にはイタリアの新聞にも載って私達を驚かせた。親孝行ならぬビルダー孝行なSPEED STERなのでした。2018年から2019年の出来事です。

SPEED STERのビルダー孝行は2021年にもなっても続きました。「いつか誠さんに俺の制作したバイクを描いてもらいたいなー、頼んだら描いてもらえるのかなー」、とKohはよく私に話していました。どーだろーねー、と適当に答えていたのですが本当にどうしたら描いてもらえるのか知らなかったんです。そんなふうに話していた矢先にKUSTOM★CITYのお話を聞いて、なななんとSPEED STERが、SPEED STERがーーーーーー!!!こんなことって本当にあるんだねえ、とKohとふたりで幸せなため息を何度もつきました。
今はいろんな事情が重なってアメリカにひとり暮らし中のSPEED STERですが、日本に帰ってきたら一緒に写真を撮ろう。そして新しいショウルームに飾るんだ。そのショウルームの名前をこないだKヨノッチが命名してくれて、その名も「自慢箱」。もうホントに面白くて素敵で大好きな人たちとチームを組んで仕事をさせてもらえるこの喜びと感謝を絶対の絶対に忘れません、とオートバイの神様に誓った日になりました。この絵を見るたびにこの日のことを思い出せるなんて、本当に幸せです。
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VIBES
exhaust.
ねえ、なにしてんの?
「ああ、スピードスターのマフラーが気に入らなかったから作り直してるんだ」
へええ、もはや誰の目から見ても完成しているようにしか見えなかったけど?
「あんときはさあ、ほら?期限が決まってただろ?だから完成させなくちゃいけなかっただけで、あれは完成ではない」

あれー?!ジョッキーシフトは?どこいったの?
「ああ、あれもさあ、時間が無くて嫌々ジョッキーシフトつけたんだけど、俺はアレが大っ嫌いでさあ。もう見てるとイライラするから取った」
取った、て。あとどうすんの?
「もともとエレクトリックシフターにするつもりだったから」
えーー!そうなの?あれはあれで人気が有ったのに。素敵だね!って言ってくれる人も大勢いたのよ
「横っちょからポコンっと飛び出してるなんてヘンじゃん。俺は嫌い」
あーそーですか。この頑固者め。
Grazie! Motor Bike Expo2019 in verona.
書きたいことは山ほどあったのだが、余韻に浸ることを嫌うKohと私のガサツな性格のせいでもういつまでもしつこくなっちゃうのでMBEのお話は今日でおしまい。ここでただすれ違っただけの人もいるでしょう。この先もずっと友人でいてくれる人もいるでしょう。来場者、スタッフ、親切なブースのお隣さんや目の前のブースで働く女の子たちに逢うことも毎日の楽しみだったし、連日ひとりで休みなくトイレ掃除をしてくれていたエレナちゃん、笑顔も心も美しかった。皆さんに心からの感謝とありがとうを。

最後に、何だかよく分からない親父ギャグでドイツでもイタリアでもKohの笑顔を撮影してくれたHolst、ありがとう。またどこかでお逢いしましょう!
そしてそして、最終日まさかのインフルエンザに感染し、我慢強いKohが空港で立ち上がれなくなったという・・・気力でイタリアを飛び立ちそのままフランクフルトでノックダウン。大事をとって空港内で一泊し翌日10時間以上飛行機の座席にへたり込み、やっとの思いで帰国したがKohが一番安心する場所であるSuicideCustomsにそのまま戻って仕事を続けた。その凄まじい執念(?)にも恐れ入ったが、ずっと一緒にいたのに感染しなかった自分を褒めたい。うん、ほんとに。というわけで、帰国後そのまま日常へ戻りました。しょぼーん