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Category : talk to oneself

さようなら30代、こんにちは40代






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周りの人達に気を遣わせるからそういうことは書かなくていいよ、と毎年注意を受けていますが、やっぱり言わずにはいられない。Koh、お誕生日おめでとう!日本では男の人の40歳前後というのは何やら難しかったりするようですが、そういうことにまるで無頓着な性格でプラス思考な性質からか、お互いにそのようなことを意識した事がないし、気にするような出来事が何も起こらないので、いつもと変わらず平和に過ごした39歳でした。30代最後の晩餐は、スーサイドファミリーであるKoh、私、ドン君、城さん、谷君、そして近ラーリオーナーK藤氏で、いつものようにスーサイドの事務所で、ドン君のお父さんお手製の新米と、私の作った適当おでんをみんなで突き合いながら、普通に静かに心温かく過ごしました。食べ終わって数時間後に40歳に突入したKohが、「こういうのを幸せっていうんだろうねえ」と嬉しそうにしみじみと、早速じじくさいことを言っていた(笑)
新米とおでんと幸せを噛みしめながら40歳になれて本当によかった。いつも元気に明るく働いてくれてありがとう


努力なんて下品だよ、というリリー氏の言葉が大好きな私ですが、その努力をまるで絵にかいたような人。寝ても覚めても働いて、寒い日も暑い日も働いて、元気でも疲れていても働いて、正月も盆も働いて、働いて働いて働く人。昔、冗談で「あなたは私が死んでもお葬式にも来ないだろーね」と意地悪を言ってみたことがあるのだけれど、そのとき真顔で「えー!お葬式くらいは行くよー、すぐ帰るけど」と答えたKohが面白くて可笑しくて、大笑いした。本当にすぐに帰って仕事するんだろーなぁと想像できるし、うん、たぶん本当にそうすると思う。そういう人だから大好きなのだ。こんなに大好きな人と毎日を過ごすことが出来て本当に嬉しい。神様ありがとう



あ、恋人でもないのに毎年誕生日プレゼントを贈って下さるT氏もありがとうございます。ぷッ♡











僕の憂鬱








照れくさすぎてもともと写真を撮られるのが好きじゃないKoh. それに想い出を残すことにまるで興味がない。なので初めのころは、「ボクを写すな!」、「バイクだけを撮ればいいじゃないか!何でボクを(写真の中に)入れるんだよ!!」とブログを書くたびに叱られていた。そんなことを言われても創っているのがKohなのでどうしてもKohが写ってしまうではないか。それに私は、どちらかと言えばオートバイだけが美しく写っているセンスの良い写真よりも、創りかけのオートバイの横に置いてあるソファの上で(というかソファの横にオートバイが置いてあるんだけど)疲れ果てて風呂にも入らず真っ黒の顔のまま汗びっしょりでだらーんと眠りこけているKohが写っているような所帯じみた写真が好きなのだ。だってそれが本当のKohだし、私達の本当の生活だから。




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立派な人とはどんな人





自分の身に起こる大抵のことは、きっと自分に原因があるのだと思う。エネルギーの塊のようなKohなので何があっても落ち込んだりはしないのだけれど、いつだったか隣りのゴミのリサイクル工場で朝早くから働くおじさん達をぼんやりと眺めて、「こういう人達が一番立派なのかもしれないなぁ」 とつぶやいていた日があった。その時は、そーかもねーと軽く聞き流したのだが、何となくいつまでたってもその時のことが頭から離れないでいる。



先日いつものようにみんなで夕食を食べていた時のこと。KohがDTに、「戦後の日本経済を支えてきた人達ほどの立派な人間がなぜか今はいなくなった。それはどうしてなんだろうと考えてごらん」 というような事を言っていた。
私の祖父は背広を作る工場を第二次大戦中から営んでおり、戦後は何人もの従業員が住み込みで働いていた。祖母も朝から晩まで仕事を手伝いながら家族と従業員全員の朝昼晩全ての食事を毎日用意し、私の母を含む娘三人もみんなろくすっぽ学校にも行かせてもらえず工場を手伝っていた。その苦労は相当なものだったと思うが、その時代は特別なことでも何でもなく、当時はみんながそうやって必死で生きていた時代だった。スーサイドを手伝うようになってから、私はよくその背広工場を想う。なぜなら、この平成の時代に戦後の祖母たちと同じとまでは言わないが同じような生活をしているからだ。


背広もオートバイも大差などない。毎日一生懸命に働いて、みんなで同じ食事をし、眠って起きてまた働く。特別なことなど何もない。当然、自分達が特別でもなければ、我々の仕事が特別なわけでも何でもない。そういう当たり前のことを自覚していないと、とんでもなく勘違いした方向へ進んで行ってしまう危うさは、背広よりもむしろオートバイの方だ。Kohはスーサイドで働く全員にこの当たり前を自覚させるために仕事以上にこのようなことを厳しくしつこく教える。




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自分が恥をかくことはいいけれど人には恥をかかせるな、とKohはいつも言う。何日も風呂に入らず私が注意しないと歯も磨かないような人だけれど、スーサイドに依頼された仕事は何日も眠らず本当にぶっ倒れるまで責任を持ってやり遂げる人である。自分はどんなに遠くへ行っても車の中で寝るくせに、遠くから納品や仕事の依頼に来て下さる方のためには必ずホテルを用意する。自分はいつも値引きされたパンをかじっているくせして、お世話になっている方々には出来るだけ美味しい食事を食べてもらおうと努力する。自分に使う金はケチるが、自分に協力してくれる人に使うお金は決して惜しまない。自分が恥をかかない為には人に恥をかかせても平気な人が多い中、Kohがこういう人で本当によかった。そんなことを強く思った決戦は金曜日、の本日。おーしまい





























モトシズのクラフトマンシップ







人に興味の無いKohは、普段誰かと真剣に話し込んだり、誰かの話を真剣に聞くことがまずない。知ってる話も知らないふりをして聞くし、知っている人の話も全然知らないような顔をして聞いている。そんなKohでも時々、私や近ラーリのオーナーK藤氏を相手に真面目な話をすることがある。






僕はね、モトシズのあの情熱こそが本物のクラフトマンシップだと思っているんだ。あーいう人達を今の時代の正真正銘のバイクビルダーだと僕は思ってる。逆を言えば、あそこまでやんないと今のこの時代、バイクビルダーとは呼べないんじゃないかとさえ思っているよ。

俗に言う世間一般にバイクビルダーと呼ばれる人たちはさ、ショウなんかでお祭り騒ぎして自分達が楽しんじゃう前に、あーいうのをもっと見て考えて悩んだ方がいい。それなのにほとんどの人達は仲間と酒を吞むことや家族サービスなんかを優先させちゃうんだもの。それじゃあいつまでたっても変われないんだよ。

僕がアメリカに居たころにアメリカ人から聞いた話だからホントかウソかは分からないんだけど、でもたぶん本当なんじゃないかな、と僕は思ってるんだけどね、
昔、第二次世界大戦が終わって、さぁみんなで元の生活に戻りましょう、となったわけだけど、ついこないだまで死ぬか生きるかだった人々が突然普通の生活に戻れるわけもなくて、みんなスピードの世界へなだれ込んでいったの。だけど一般道でメチャクチャな走り方をするもんだから事故で死んじゃう人が多くて、これではいけない、ということになってソルトレイクのレースなんかが始まった。そこで人々はますますスピードにはまっていくんだけど、でも当時は戦争が終わったばかりで良い材料や設備もなかったから、みんないろんなところからいろんなものを引っ張り出してきては、くっつけたりはっつけたりしながらタイムを競いあってた。

その時代を生きたおじいちゃん達が当時を懐かしむのはいいことだと思うんだ。でもさ、それを今の僕達もやるのか?て話なんだよ。今の時代を生きる僕たちはさ、当時スピードを競いあった若者だったおじいちゃん達が、あー昔はあんなだったけど今の技術はやっぱスゲーな!とひっくり返るくらいのものを創らないといけないと思うんだよね。じゃなきゃさ、今を生きてる意味がないじゃん。僕が言いたいことはそういうことなんだよ。




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あー、この人のこういう話をもっとたくさんの人が聞いたら面白いのに。もちろんKohが正しいわけでもないし、Kohの意見がすべてではないのだけれど、それでもこういう思考を持つバイクビルダー(メディアも含む)は日本ではなかなか少ないんではないかな、と思うのだ。でも人と交わることを重視しないKohは自分から話そうとはしないし、それどころか自ら誰かに会おうともしない。少し残念だな、と私はいつも思っていたりする。

















雪やこんこ





Kohのオートバイ人生のテーマである、「今現在自分が生きている時代のテクノロジーで、自分はどこまでのものが創り出せるのか」 という挑戦。挑戦の城であるスーサイドを立ち上げる為にKohが費やした時間は気が遠くなるほどに長かった。それに当時はお金が入れば片っ端から機械や工具を買っていたから、とても貧乏だった。どれくらい貧乏だったのかと言うと、自販機でジュースも買えないような究極のド貧乏ぶり。それでも機械や工具を持っていないことの方が恥だと強く信じていたので、洋服や靴下はいつも穴が開いてみすぼらしかったけれど、決して弱音を吐かない姿はどんな時も頼もしかった。そのへんのポリシーは今も現在進行形。



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そんなKohが先日めずらしく、「ビレットは一般受けしないのかな~。」 とぼやいていた。今や世界は手作り感満載のカスタムが大流行している。それを嘆いての発言なのかどうかは定かではないが、自分の創り出すものと正反対の方向へと進んでいる世界のカスタム事情に何らかの疑問を感じての発言にとれた。



「きれいな仕事」 は、「いい仕事をしたね!」 で終わってしまって印象に残らない、と言う人もいるけれど本当にそうだろうか。


その、「きれいな仕事」 をする為に、どれだけ汗にまみれ手を真っ黒にして睡眠を削って人生も削っているか。マシニングや複合機という機械がアルミの塊を勝手に削って、ハイきれいなパーツが出来上がり♫、というわけではないという事を私はよーく知っている。なぜならば、その努力を隣りでずっと見てきたからだ。これは実際、ランボルギーニを買えるお金を持ってもマシニングを買っちゃう人でないと到底理解できない決心である。誰だってお金を稼げば、良い家にも住みたいし良い車にだって乗りたいし贅沢な食事がしたいはずだ。それでもそれらを全て投げ打って、人生の全てを注ぎ込み自分の志すカスタムを目指す。これらは決して、「きれいな仕事」、「いい仕事」、といった一言では片付けられないし、流行りの手作りにも負けてないぞ!と私個人的には思っている。














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